今から55年前、私が中学校に入学したときのことです。
ごく普通の都内の公立中学校です。
中学になると科目ごとに担当の先生が変わるようになって、昨日まで小学生だった私にはまばゆい世界に飛び込んだことを強烈に感じました。
面白おかしく授業を進めてくれる先生が多かったようです。その中でも美術の先生はとんでもなく異質でした。
美術の最初の授業で担当の先生は言いました。これから何回かはでたらめな絵を描いてもらいます。この間までの小学校では写生するのでも姿を正確に書くことを言われてきたと思います。
私の授業はちょっと変わっています。変かもしれません。でたらめな絵とは、自分の好きな形と色を塗っていくのです。私はそれを「でたらーめ」と言います。これからしばらくはでたらーめな絵を描いてもらいます。
はい、どうぞ。
画用紙一枚配られて、先生はそれっきり黙ったままです。みんな困りました。何を描いていいのかさっぱり分からないからです。わけわからないと文句言い始めるのもいました。
30分ほどたったでしょうか。先生が教壇に立ち、顔を真っ赤にして怒り出しました。なぜ何もしないんだ。分からないならなぜ質問に来ない。
それから残りの授業時間はお説教というか、中学生になったら自分から進んで行動するように、というお話で終わりました。
2回目の授業から、みんな好きな形を描き始めました。先生に質問に行くととても詳しく説明してくれるし、美術全集の抽象画の話などしてくれます。怖い先生なのかと引いていたのも一気に忘れて美術の時間が楽しくなりました。
当時を思い出して、Frescoででたらーめを描いてみました。
でたらーめな絵は難しいです。何を描いていいといってもなんだか分からない。それでも徐々に気持ちがほぐれていったようです。好きな形を描いて色を塗り始めました。
小学校の頃は写生とか下手だったので図画工作の時間は半分嫌いでした。もう半分は工作が好きだったので半分は楽しめました。
でたらーめな絵は工作をしていくような楽しさがありました。描いていく途中に先生に面白い絵だとほめられました。ほとんどの人は画用紙の端にちょこっと描いて終わりだけど、私は画用紙いっぱいに描き進めていきました。果てしなく形を描いて好きな絵の具で塗りました。
しばらくでたらーめな絵の時間が続き、先生から君の絵は面白いから区展に出してあげると言われ、池袋の豊島公会堂近くの会場に展示されました。賞はもらえなかったけど、数少ない晴れやかな思い出です。
55年たっても忘れることのない思い出です。