走って、走って、ときどき海遊び

ラスコです。人生3分の2を終え残りは、ジョギングで走って、自転車で走って、ときどき釣りとウインドサーフィン.....

金)ビジネス誌の特集で、どうせ死ぬのに、だと。

雑誌PRESIDENT 8月16日号の特集記事、「どうせ死ぬのに なぜ生きるのか」が目に留まりました。

なんとも刺激的な、あるいは青臭いというか。こんな自問をいつからしなくなったのか考えてしまいました。

PRESIDENTといえば、ビジネス総合誌に位置付けられているが、どちらかというと年齢の高い人向けの雑誌かな。

 

Dマガジンでも読めるので、ちょっと読んでみるかな。

と、その前に。もしこの題名で原稿を書くとしたら何を書くのか考えてみよう。

なぜ、原稿を書くとしたらと回りくどい言い方になったのかというと。まじに自分の心に問うのは、厳しすぎるので何も書けないかもしれない。

だったらビジネス雑誌の企画という設定で文章を書けばいい。これ本心じゃないですから。あくまでも雑誌の企画として書いているだけです。要するに逃げているんだ。今更日記を書けないのと同じ道理だ。

 

なぜ、という問いかけは、事の本質を問いかける設問だ。30年40年を仕事に駆け抜けてきた人たちが、今一度考えてみようということか。

トヨタでは、なぜを5回繰り返して事の本質を問う企業風土がある、という有名な話がある。私が若い頃に読んだ本では、トヨタではなくアメリカのどこかのエクセレントカンパニーで、4回だか5回なぜを問うということだった。

この手の話は盛ってあることも多分にあるだろうから、ほどほどに聞いておこう。いずれにしてもどこの会社であっても、優良と言われる企業では社員に求めることがシビアだ。

こんな企業風土あってこそ受け入れられることなんだろう。今時だと、場合によってはパワハラだとか騒がれかねない。

 

先日、AmazonのKindle本で新渡戸稲造の「武士道」が、会員無料になっていたのでダウンロードして読み始めたが、なんだかおもしろくないので読書が進まない。

マンガ版の武士道もあるようなので、死生観など、なんなりと考えるきっかけにしてもいいだろう。

 

さて、週末は「どうせ死ぬのに なぜ生きるのか」をじっくり考えて雑記帳に書きなぐってみよう。